雲州松江藩十八万石の松平出羽守斉恒(なりつね)は、文武両道秀でた名君だけあって、在府中は馬の遠乗りを欠かしません。
ある朝、目黒不動尊参詣を名目に、供を従え、赤坂御門内の屋敷から目黒まで早駆けします。
お不動さん参詣を終えて、あちらこちらの野山を散策。
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しばらくして殿さま、腰を下ろして一息すると、もうすでに八ツ(午後二時)過ぎ、にわかにお腹がグウと鳴ります。
その時、近くの農家からサンマを焼く匂いがプ〜ンと漂ってまいります。
殿さまのこと、下々の食べる下魚、サンマなどは見たことも聞いたこともありません。家来に、
「あれは何の匂いじゃ?」と聞きます。
「お恐れながら、下様でサンマと申しまして、丈は一尺ほどで細く光る魚でございます。近くの農家で焼いておると存じます」
「しからば、それを求めてまいれ」
「それは相かないませぬ。下人どもが食します魚、殿の召し上がるものでは……」
「そのほう、もし戦場で敗走し、何も食すものがないとき、下様のものとて食わずに餓死するというのか?大名も下々も同じ人。下々が食するものを大名が食せんということはない!求めてまいれ!」
家来は匂いを頼りに探しに行くと、あばら家で農民の爺さんがさんま五、六尾を焼いています。


高貴なお方が食したいと仰せだからと一両小判を出し、譲ってくれと頼むと、
「そんなもの出されても、村中の金ぜ〜んぶ集めても釣り銭はできねえよっ」
爺さん、機嫌が悪くなり、
「人にものを頼むのに笠をかぶったまま突っ立って、礼儀を知らないニセ侍。そんなやつらにゃあ意地でもやらねえ!」
と突っぱねます。
さすがは名君と云われた分別ある人物、殿さまは改めて無礼を詫び、やっとのことで譲ってもらいます。
殿さま、空腹だったものだからうまいのなんのって。五、六尾ペロリと平らげます。
「お殿様に申し上げます」
「ん、なんじゃ?」
「お屋敷へお帰りの節、目黒におきまして、サンマを食せしこと、ご口外ご無用に願いとう存じます」
「余が目黒でサンマを食したこと、言うては悪いのか?」
「下魚にござります。重役らの耳に入れば、我々共の落ち度にあいなります。ご他言ご無用に願いとう存じます」
「うむ、そのほうらの迷惑となるなら、余は言わんぞ」
屋敷に帰って
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殿さま、この日以来、サンマのとりこ、病み付きになり、赤坂御門内の屋敷に帰ってもサンマのことが頭から離れず、食前に出されるタイなどには見向もしないありさま。
ある日、お付きの重役を呼び出し、
「ん〜ん、目黒はいいところじゃのぉ」
「ははっ、御意にございます。気候・山々の風景、共に備わりまして……」
「いやいや、気候や山々の話では無い、プ〜ンと芳しい香りがして……海の物も絶品じゃのぉ」
「はっ?」
お付きの下の者たちはハラハラドキドキ。
「とっ、とのぉ〜」
「ん、余は目黒とは言ったがサンマとは言っておらんぞっ」
「あああぁ、言っちゃたぁ〜」
サンマを食すチャンス到来
しばらくたったある日のこと、殿さま、ご親類に招待されまして、ご親類のお屋敷で、こう言われます。
「本日の趣向、如何なるお料理でもお出しします。お好みのものをなんなりと」
殿さま、こういう時にサンマを食わなきゃあ食うときがないと思いまして、
「しからば、余は、サンマが食したい」
「はっ?」
「サンマじゃ、知らんのか?あの一尺ほどの細く光るやつ」
「……ははっ」
さあ、こりゃたいへん!困ったのは賄い方(料理人)の面々、お大名がサンマを所望するとは思ってもいません。日本橋の魚河岸に人を走らせ、あがったばかりのサンマを買ってまいります。
こんな脂っこいものを食べてお腹をこわしたらいけねえってんで、蒸し器にかけて脂をそっくり抜きます。サンマパサパサになります(*´Д`*) 〜з
そして小骨が喉に刺さってはいけねぇと毛抜きで骨を一本一本丁寧に抜きます。脂は抜かれ骨は抜かれサンマグズグズ。元の形を成していません。シーチキンフレークみたいな。しかたないので葛のあんかけにして殿さまにお出しします。
「ん?なんじゃ此れは?」
「はっ、ご所望のサンマにございます」
「なにぃっ、余が知るものと姿かたちが違うぞっ」
「サンマの椀ものにございます」
殿さま、しぶしぶと箸にとると、まだかすか〜にサンマの残り香がします。
「おお、サンマじゃサンマじゃ、会いたかったぞよぉぉ」
喜んで口にしますが、まったく味が違います。
「ん?なんじゃ!このサンマ、いずれより求めたっ!」
「ははっ、日本橋に人を走られ、房州で今朝とれました本場のサンマを仕入れてまいりました」
「なにっ、房州?ああ、それはいかん。サンマは目黒にかぎる」
ウンチク
なんとも解りやすい落語でオチにキレがあります。
落語「目黒のさんま」には三代将軍家光が鷹狩りの際に、水戸産のサンマを日本橋魚河岸で……などとスケールの大きいバージョンもあります。江戸時代に大名、将軍を茶化すなどあり得ないこと(首が飛びます)で、この落語の成立は明治初期と考えられています。

これだけ有名な落語のこと、「さんままつり」自体もいろいろと存在します。
品川区主催「目黒のさんま祭り」
会場:目黒駅前商店街、誕生八幡神社界隈
品川区上大崎2-13-36
サンマは宮古市産
(約7000尾焼きたて無料配布)

JR目黒駅前の都道312号線二車線が祭り会場。
なぜ品川区で目黒のさんま祭り?
そう、JR目黒駅は「都会あるある」でご存知の方も多いと思いますが品川区上大崎にあります(因みにJR品川駅は港区高輪)。
私は、7000尾もあるのだからとタカをくくり午前九時半ごろから列へ。食したのは午後二時過ぎ。
主催者のホームページにも通常待ち時間は3〜5時間とあります。5時間も足を棒にして待って食べるとサンマのうまさが倍増します。いや三倍かな?
前日から目黒界隈のホテルに泊まって行列に並ぶ人もいるほどの人気。待てば待つほどうまい!というのを実感できます。疲れたけどぉ囧rz

しかしながら、列に並び始めるのは午前七時〜八時ごろが良いかと思います。午前十時からの振る舞い開始ですから。早めに食して「目黒のさんま寄席(木戸銭無料)」を観るのが来年の目標です。
目黒区民まつり(目黒のSUNまつり)
会場:田道広場公園など
目黒区目黒1-25-8
サンマは気仙沼産
(約5000尾焼きたて無料配布)
品川区でさんざん並んだので早起きして午前七時、目黒川沿いの列に並びます。この時、列はまだ200mほど。
目黒区のほうは、並んでいると時間別に色分けされたリストバンドが配られます。これをゲットして指定された時刻にいけばオケっ。
茶屋坂など目黒川界隈を散策して午前十一時に戻ると列の先頭にどうぞと言われ、ちょっと殿さま気分:-)。

一説に、落語「目黒のさんま」が生まれた背景には大潮の際、目黒川を遡上してきたサンマをとらえたのではないかと云います。80年代、東京湾でサンマが大量発生した際、川でたくさんのサンマがとれてニュースになったことがあります。なので理にかなった会場かもぉ。春は桜、初秋はサンマの目黒川です。
東京タワーさんままつり
品川区対目黒区の仁義なき戦いに割って入ったのが港区の東京タワー。
会場:東京タワー屋外特設会場
港区芝公園4-2-8
サンマは三陸大船渡産
(3333尾焼きたて無料配布)
3333尾とは東京タワーの高さ333m、三陸、サンマのさんなどの無理くり語呂合わせ。
七時半からサンマ引換券配布という事で六時半に会場到着。まだ200mくらいの列ですが、小一時間も経つと1キロ以上。東京タワーの周りを一周しています。
引換券をゲット。九時半から配布の先頭グループです。
七時五十分に並び始めた人は十時半から配布の引換券だったとの報告。
並んでいたら「減塩タイプの食卓塩」もいただきました。甘くないお砂糖のような……よく理解できませんが。
ここは食べるためのテーブルはとくに設けていませんが、いつも出ている屋台のテーブルや、公園の空きスペースが豊富。青空のもと、東京タワーのたもとでのサンマは格別。
品川区も目黒区も東京タワーもサンマの名所。
「う〜ん、サンマは東京都にかぎるっ」
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