火事と喧嘩は江戸の華なんてえことを申します。
神田三河町に伊勢屋という大きな質屋があります。伊勢屋の若旦那は物心ついた頃から大の火事好き。オモチャと言っても纏(まとい)やハシゴなど。
火事だというと店の仕事はそっちのけで飛び出して行く始末。
親も心配でたまりませんが、ある日、体に鮮やかな彫り物をして、それを見た親から、とうとう勘当されてしまいます。
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出火
何年かたった冬の寒い夜。神田三河町付近から出火。ガーンガーンと半鐘の音が響きわたり、火の粉が降りだしてまいります。

火事が迫り来るというのに、大切な蔵に目塗り(窓や扉の隙間に泥を詰める)がしていないと、質屋としての面目が建たねえと、大旦那はぼやきながらも防火に懸命です。左官屋はどこも出払っていて、番頭を屋根に上らせ、目塗りをさせますが、素人なもんで、てんやわんやの大騒ぎ。
その時、火の粉の降る中、どこからともなく屋根から屋根へと、颯爽と飛んできた一人の火消し人足があります。
身体中に見事な彫り物、ざんばら髪の後ろ鉢巻に法被(はっぴ)という粋な出で立ち。
高いところで手が使えずに、慌てふためいている番頭の帯を折釘へ引っ掛けて、両手が使えるようにしてやります。

「俺がやりゃあ造作もねえが、それじゃあ、おめえさんの忠義になるめえ」
「どこのどなたか存じ上げませんが、ありがとうござっ……」
「おぉ、番頭!俺だよっ」と声を掛けられ、その火消し人足の顔を見上げると、
「とっ、徳さんっ!щ(゚Д゚щ)」
親子の再会
やがて風向きも変わり、火事は収まります。
心配をした見舞客でごった返す中、父親の名代で近所の若旦那が丁稚を連れだってやってきます。それを見て、質屋の大旦那は大きくため息をつきます。
「あれは伜と同い年、親孝行なこったぁ、それに引き換え、うちの馬鹿野郎、今ごろ、どこでどうしていることやら(*´Д`*) 〜з」
作業を終えた番頭が帰ってきます。
「あのぉ〜、旦那様、助けていただいた火消しの方にお会いになっていただけますか?」
「ああ、もちろんですとも、仕事とはいえ屋根から屋根へと見事な身のこなし、惚れ惚れしましたねぇ、お礼を言わなければいけませんねぇ」
「でも、それがあぁ……」
「ん?、なんだい、そうかいそうかい、うちのお客さんというわけだね、質に入れたものもぜ〜んぶ、お返してやりますともぉ、よしよし」
「いえ、そのぉ〜」
「ん?それじゃあ足らないというのかい?金子もいくらか包んでもぉ苦にはなりませんよ、蔵も無事、質屋の面目も建ったんだから、よしよし」
「いえ、そうじゃなくて、あの火消し、実はぁ〜、若旦那の徳三郎さんなんです」
それを聞いた途端、大旦那は血相を変え、
「とっ、徳三郎だってぇ!うちの馬鹿息子、危ねえことをしやがってっ、怪我でもしたらぁ……あっいや、勘当したやつがどうなろうと知ったこったぁありませんっ、会いたくありませんねっ」
とやせ我慢。番頭は機転を利かせて、
「いえ、旦那様、一度勘当したら、他人も同然と云います、他人様なら、お会いになってお礼を言うのが道理かとぉ……」
「ん、う〜ん、そ、そうか、それもそうですね、今では赤の他人です、よしっ、礼に行きましょう」
二人は台所で休んでいる徳三郎のところへ行きます。

「えぇ〜、本日は誠にありがとうございます、が、見ての通り、見舞客でごった返しております、今日のところはお引きとりを願いたく存じます」と番頭とともに頭を下げる大旦那。
「はい、では失礼して、伊勢屋の旦那、お変わりないようにお見受けし、嬉しく思います」と徳三郎も頭を下げます。
それを聞いてムカっとした大旦那。
「お変わりないようでだとぉ、体に立派な絵かいて変わりやがってぇ!……ああぁ、いえ、失礼いたしました、さぞかし、あなたの親御様も泣いていることと存じます」
事の始終を聞いたお女将さんが泣きながら現れ、我が子を抱きしめます。
「とっ、徳三郎〜、とっ、徳三郎〜」
「お女将さんもお変わりないようで……」
「とっ、徳三郎〜、こんなに立派になってぇ、あたしゃねぇ、会いたくて会いたくて、近所で火事が起きないかと、毎日毎日、お仏壇にお願いしてたんだよお〜おぃおぃ」
「はぁ(ノ゚⊿゚)ノなんだぁ、おめえ、近所迷惑なことをっ、たくっ」と大旦那はしかめっ面。
「寒そうだねぇ、徳三郎、ささっ、着物をお着っ」
「待てぇ、そんなヤクザなやつに着物をやることはねえ!うっう〜ん、その辺に捨てておけば、その方が拾ってくだろうよ」
「あっ、そうですねぇ、ささ、捨てましょう捨てましょう、箪笥(タンス)ごと捨てましょう、誰かぁ手伝っておくれえ〜」
「おめえ、箪笥ごとってぇ、馬鹿だねぇ、少しずつ捨てりゃあ、そっ、そちらの方がちょくちょく拾いに来てくれるだろうよ」
と目を赤くする大旦那。
「ああ、そうでしたねぇ、あ〜た、この子は小さい時から色白で黒紋付がお似合いでしたわ、黒紋付に丁稚の定吉もつけて捨てましょう」
「な、なんだってぇ、そんなことまでするんだいっ?」
「やっと会えたんですもの、火元に礼にやりましょう」
いつの世も親子の情は変わらないものです。
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