巷では、なんでこうなるの?というように理解に苦しむお地蔵さんがいらっしゃいます。
仏像は仏教信仰をもとに祀られるわけですが、仏教の教義に依らない民間信仰、民衆の想い・願いが詰まった祠(ほこら)が数多く存在します。それらは「淫祠」と呼ばれています。
散歩の達人、永井荷風先生は「淫祠は大抵その縁起と、またはその効験のあまりに荒唐無稽な事から、何となく滑稽の趣を伴わすものである」と言っています。
ご近所文京区の滑稽な淫祠をご紹介します。
林泉寺「縛られ地蔵尊」
地下鉄茗荷谷駅から茗荷坂へと下っていくと林泉寺があります。
大岡政談のお話で有名な「縛られ地蔵」。
寺の境内で居眠りしていた呉服屋の丁稚が反物を盗まれます。 犯人探しに策をめぐらす南町奉行大岡越前。 犯行現場のそばにいながら、悪事を見逃すとは、地蔵も同罪!ということでお地蔵さんに縄をかけ召し捕り、江戸市中を引き回し奉行所へと向かいます。 物見高い野次馬たちが奉行所へとなだれ込みます。「許可なく奉行所へ入るとは、不届至極。罰として反物一反の科料を申し付ける!」と。 後日、集まった反物の中に盗まれた反物があり、犯人は御用。 めでたしめでたし。
良くできたお話です。
大岡政談では葛飾区の南蔵院のお地蔵さんとなっています。
大岡政談の物語の多くは、中国の故事を元にした創作で、「縛られ地蔵」は日本全国各地に存在します。
思うに、「縄をかけ、結ぶ」という行為は「願をかける」「願いを結ぶ」に通じ、一般に拡まったのでしょう。
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願いが叶ったら縄を解くのがルール。
しかし、この世はそんなに甘くない。
お地蔵さんは太りに太り、時々、無理矢理ダイエットさせられてしまいます。
最近(2017年2月)、林泉寺は建て替え工事中で、お地蔵さんは近くに避難。
あれ?お地蔵さん、なんか新しくなってるしっщ(゚Д゚щ)。
エイジングケアも欠かさないようです。
大黒天「とうがらし地蔵尊」
小石川伝通院前にある福聚院大黒天は、江戸時代から栄え、明治になってからも、縁日には多くの見せものが出店し、賑わったと云います。

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娯楽の少なかった明治の世。樋口一葉女史、幼少の頃の永井荷風先生もお気入りプレイスだったようです。
今では、境内が福聚幼稚園の庭になり、昼間入ると変質者と間違われる恐れ大。
入口を入って左手にトウガラシのレイをまとったお地蔵さんがいらっしゃいます。
ん?「せきどめ地蔵尊」。でっ、なんで咳止めにトウガラシ?
明治の中頃、トウガラシ好きなおばあさんが持病の喘息に苦しんでいました。しかし、医者の制止も聞かず、トウガラシを食べて亡くなってしまいます。 そこで近所の人が憐れみ地藏尊を造り、トウガラシを供えたそうです。その後、喘息に苦しむ人々が祈願すると治り、お礼にトウガラシを供えるようになったと云います。
亡くなるのも悲しいが、トウガラシを食べるのも辛いですよ。
たぶん、咳が出て食べるのも大変だったろうに。
トウガラシの誘惑に負けたおばあさん(*´Д`*) 〜。
って、そんなに辛党のおばあさんっていたの?
元祖「ヒーハー女子」かよっヽ(`Д´)ノ !
トウガラシに含まれる成分「カプサイシン」の刺激で暖かくなったように感じますが、その効用と関係あるのでしょうか?
喜運寺「豆腐地蔵尊」
明暦の大火後(1657年)、駿河台から小石川に移転してきた喜運寺には豆腐地蔵がいらっしゃいます。
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享保年間(1716~1736年)、喜運寺門前に豆腐屋さんがあり、ここによく豆腐を買いに来る小坊主がおりました。ところが、その小坊主が買いに来る日にかぎって売上げの中に小石が数個入っているのに主人は気づきます。 豆腐屋主人の吉兵衛は、小坊主が怪しいと考え(当然です)、ある日、小坊主が来たので、そっとその後を追います。まもなく、それに気がついた小坊主は足早に逃げ出します。 追う吉兵衛、逃げる小坊主。「待ちやがれ!」と叫び、吉兵衛は包丁(物騒ですが)で小坊主の肩をひと打ち!。悲鳴とともに、小坊主は姿を消してしまいます。 驚いた吉兵衛は、これこそ狐の仕業かと思い、あたりを見ると、地面に石のかけらが落ちています。 石は水のようなもので濡れ、点々と喜運寺まで続いておりました。不思議に思った吉兵衛。境内のお地蔵さんを見ると、なんと肩先が欠けております。 さっきの拾った石の欠けらをそこに当てるとピッタリ。小坊主は、お地蔵さんの化身だったのです。
なんだか、お蕎麦の好きな狐の化身、澤蔵司稲荷のお話に非常によく似ています。
永井荷風先生の実家に出た狐の話もあり、小石川にはずいぶんと狐がいたようです。
狐の伝説、善光寺坂と澤蔵司稲荷を参照
金剛寺坂と永井荷風先生を参照

このお地蔵さんは御前立ち(ご本尊を模したもの)で、ご本尊は秘仏です。
そういえば、御前立ちの肩には欠落がありませんねえ。
この豆腐地蔵の縁起は、大火・洪水などの大災害、経年変化で、崩壊が進んでいるご本尊を暗示しています。
きっとこんな風に。。。
法傳寺「顔なし地蔵」
当山は明暦の大火(1657年)本郷より移転を命ぜられ、ここ小石川に拝領地を賜りました。 このお地蔵様は、それから二年後(1659年)火災で亡くなられた方々の御供養と厄除けの為、建立されたものであります。萬治二巳亥五月五日覚俊と刻まれております。 其の後二体も造られましたが、現在残っておりますのは最初に造られたこのお地蔵様だけであります。 度重なる火災や戦争で、お顔の部分が破損致しましたが蓮台の上のお姿は長い年月皆様を見守り、皆様から見守られながら現在に至って居ります。 遍照山 法傳寺
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崩壊してもお立ちになっているお地蔵さん。こちらは「淫祠」とは呼べませんが、こんなお姿になっても、祀られるということは、きっとご利益大。
自然にこうなってしまったプリミティブ・アートです。
円空仏や木喰仏とは違った趣、人為的でない美があります。
源覚寺「こんにゃく閻魔」
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源覚寺は、おそらく、こんにゃく消費量日本一のお寺。原材料まで教えてくれる親切さに手を合わせます。


でっ、なんで「こんにゃく」?
で、また、おばあさんの登場です。
おばあさんが眼の病気を患い、この閻魔大王像に日々祈願していたところ、夢に閻魔大王が現れ、「満願成就の暁には私の片方の眼をあなたにあげて、治してあげよう」と告げたと云います。 その後、おばあさんの眼はすぐ治り、以来、おばあさんは感謝のしるしとして自分の好物である「こんにゃく」を断って、ずっと閻魔大王に供え続けたと云います。
トウガラシと違って、こんにゃくの誘惑に勝利したおばあさんです。確かに閻魔様の右目が曇っていますので、おばあさんに片目をあげたようです。
豆腐、トウガラシ、こんにゃくの次は生命維持必須要素のNacl「塩」です。
源覚寺「塩地蔵尊」
源覚寺には、溶けかけた雪ダルマのような「塩地蔵」もいらっしゃいます。
塩地蔵尊 当山開創寛永元年(1624年)以前よりこの地にあって人々の信仰を集めたと伝えられる。 地蔵尊のお身体に塩を盛ってお参りすることから塩地蔵と称し、その由来には、古来より塩は清めとして用いられることにより、参詣者の身体健康を祈願するものと解かれる。
自分の体の悪いところと合致するお地蔵さんの部所を塩で清めます。
やはり、私と同じように、顔が悪い方が多いようで、おそらく、お顔はたくさん撫でられ削られ、無くなっているのではないでしょうか?
トウガラシ、豆腐、こんにゃく、塩と、食材・調味料が揃ったところで、次は調理器具です。
大円寺「ほうろく地蔵尊」
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このレゲエファッションっぽいお地蔵さんは、火あぶりの刑になった八百屋お七に代わって、業火を「ほうろく」(浅い素焼きの土鍋)で受けているとも、また、封禄が上がりますようにと「ほうろく」を被っているとも。
かなりタイプの違う謂れに悩んでしまいます。
どちらを信じれば良いのでしょうか。
とにもかくにも恋愛成就も家禄上昇も一挙にお願いできます。
調理器具も揃いましたが、この食材ではペペロンチーヌ風おつまみしか作れそうにありません。
そうなると、なんだか酒類が欲しくなります。
日輪寺「甘酒婆地蔵尊」
妖怪ではありません。
お寺の門前で甘酒を売っていたおばあさんです。

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明治の中頃、日輪寺門前で、ひどい咳に悩まされながら甘酒を売っていた老婆がおりました。老婆は死後、咳の神になって同じ病気の子供たちを救うと言い残して死んだと云います。 そこで咳に悩む人は、この地蔵に甘酒を入れた竹筒や徳利を供えて願をかけると、霊験があるとされ、子供の百日咳が流行した時には大勢の人が願掛け、そのお礼参りの際には皆が甘酒を供えたそうな。
噺家かとも思える風貌ですが、シビアな縁起が出てきて内心あせります。
でも、凄っ、淫祠の縁起には、おばあさんが度々登場しますが、こちらは、おばあさんそのものです。
一般庶民が祀られたザ・淫祠オブ淫祠ズです。
ひょっとするとこのおばあさん、相当インパクトのある面白いBBAで有名な人気者だったのかもしれません。
江戸切絵図にも淫祠の多くが表記されています。
お江戸の頃から寺社も檀家も多い文京区なので、多くの民間信仰が芽生えたのでしょう。
七福神巡りも良いが、淫祠巡りも楽しいかも。
文京区さん、いい観光資源になりますよ(^^*)。
皆さんの街ではどんなお地蔵さんがいらっしゃいますか?。
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