八五郎がご隠居の家に遊びに行き、言葉遊びなんぞをしているうちに、一幅の絵が目に止まります。
「男が椎茸の親方みたいな帽子をかぶって、虎の皮の股引きはいて突っ立っていて、側で女が何か黄色いものを持ってお辞儀してるけど、これぇ誰なんですっ?」

「太田道灌公だ」
「なんすか?大きな冬瓜(とうがん)って?」
「太田道灌公じゃよ、この絵はな、昔の武将で歌詠みとしても知られた太田道灌公が、狩の帰り、山中で村雨(にわか雨)に逢い、あばら家に雨具を借りにきた場面じゃよ」
「山奥で油屋って儲かるんすかねえ?」
「(・_・)……油屋じゃあない、あばら家、壊れかけた家のことをあばら家という」
ご隠居は続けて説明します。
「あばら家から出てきた娘が『お恥ずかしゅうございます』と言って山吹の枝を差し出し引っ込んでしまった」
「えっ、雨が降ってるのに山吹ってなんだよっ、ハスの葉とか出しゃあいいじゃねえかっ、『お恥ずかしゅうございます』って恥ずかしいに決まってらあな、笑わせんなあってんでぇヽ(`Д´)ノ 」
と無駄に怒る八五郎。
「まあまあ、おまいさんがわからないのも無理はない、道灌公も意味がわからずに戸惑っていると家来の一人がお畏れながら、
七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだになきぞ悲しき
という古歌(後拾遺和歌集・兼明親王作)をなぞらえ、実をつけない山吹の『実の』と『蓑』を掛け、雨具はないという断りでございましょうと言った、道灌公は『余は歌道に暗い』と嘆き、それ以来、励み、日本一の歌人になったという話じゃよ」
「へぇ〜、するってえとそいつあ、断りの歌ですかいっ?」
「まあ、そうじゃな」
「そんじゃあ、その歌、わかりやすようにひらがなで書いてもらえますか」
「そうかい、この歌を覚えようというのかい、感心じゃなぁ」
「いえねぇ、うちに傘借りに来て返さねえ道灌がいるんすよ、しまいには売っちゃったりして」
「借りたものを売る奴があるかい」
「あっしも売ったことあるし」
「(・_・)……」
八五郎が家に帰り、雨を待ち「道灌」を待ち、夕方になります。
「おっ、いい具合に降ってきやがった、大村雨だねえ、こりゃあ、みんな大あわてだ、犬の道灌、娘の道灌、あっあーあ、あの道灌転んでやがるっ、ビショビショだねえ、まったくぅ」
やがて、友達の熊さんが家に飛び込んできます。
「おおっ、八つぁん、提灯貸してくれぇ」
「はっ?やだね、傘貸してくれって言えねえのかよっ」
「いや、傘は持ってるんだよ、提灯貸してくれねえか」
「ん〜ん、じゃあ傘貸してくれって言え、そうすりゃあ提灯貸してやっからあ」
「ん?変だけどまあいいかっ、じゃあ、傘貸してくれっ」
待ってましたとばかり八五郎は山吹の枝を差し出し、
「お恥ずかしゅうございます」
「なんだよ、これ?」
「これ読んでみろ」と道灌の歌を見せます。
「ん?なになに、ななへやへ 花は咲けども山伏の 味噌一樽の鍋と釜敷き?、都都逸かいっ?」
「都都逸じゃねえよ、変な読み方すんなっ、てめえは歌道に暗いなっ」
「おうっ、角が暗いから提灯借りに来た」
都心の道灌
山吹の里を名乗る比定地は数々あれど、このお話は、全くのフィクションです。
江戸名所図会には、その場所が、あたかも実在したかのように、「高田の馬場の北」と書いてあり、今そこには怪しげな「山吹の里」の碑が建っています。

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新宿中央公園には山吹の群生に囲まれた「久遠の像」なる銅像が。

まあ、伝説なのでどこでも名乗れるわけで(^^*)。
東京では、江戸城の礎を築いたとして、太田道灌の人気は高く、JR日暮里駅東口には「回天一枝」の像。

その昔、都庁のあった有楽町、今の東京国際フォーラムには、彫刻家として名高い朝倉文夫氏制作の狩衣の太田道灌像が、皇居方面、江戸城を見据えています。


実はこの落語には元ネタがあります。
天保四年(1833年)刊「落噺笑富林(わらうはやし)」という本に、八百屋の亭主が主人公の噺で、
「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき」この歌を聴いて、
「何でも夕立が降ってきて、『雨具を借せ』という者があったら歌を読もう」といふうち、大夕立降りきたり、友達駆け込み「傘でも着る物でも、雨具を借してくれろ」といふゆゑ、八百屋の亭主、白瓜と丸漬けと茄子を並べて、
「丸漬けや茄子白瓜ある中に 今一つだに無きぞ悲しき」
友人「この中に胡瓜がねへの」
亭主「ハイ、胡瓜(かっぱ)はござりませぬ」。
私は焼肉屋でミノを注文し、
みんなに食べられてしまったあとに一言、
「ミノひとつだに無きぞ悲しき (T-T)」
お後がよろしいようでm(_ _)m
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