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いだてん・金栗四三「消えたベルリンへの道」

ストックホルム・オリンピック後、嘉納治五郎は、落ち込む二選手にこう声をかけます。

嘉納治五郎みんな落胆してはいけない。私自身、君たちに勝って貰いたいとはツユほども思っていなかったし、結果は予想していた通りだ。しかし、外国の技術を学び、大きな刺激を得たことは大成功だ。日本のスポーツが国際的な檜舞台に第一歩を踏み出したのだ。大きな誇りを持って欲しい。何事も初めから上手くいくことは少ないのだ

教育者・嘉納治五郎のいたわりある温かな言葉。
短距離で惨敗した三島弥彦、マラソンを完走出来なかった金栗四三ですが、どうやら、日本スポーツ界の黎明の鐘を鳴らすことは出来たようです。

播磨屋の決意

東京に戻った金栗は、大塚の播磨屋の足袋職人・黒坂辛作に報告に伺うと、

金栗さん、すまない、こんな足袋を作ってしまって……金栗さんは足で負けたんじゃない、おれの作った足袋で負けたんだ。どんなに優秀な選手でも競技中に足が痛んだり血マメが出来るような足袋を履いて優勝できるはずがない……

辛作は涙ながらに決意を語ります。

どんなことをしても、おれの作った足袋で金栗さんを、そして、日本の選手を世界の大競争で優勝させてみせる……

マラソン足袋開発の長い道のり

金栗の履いた足袋布で三重に補強した足袋でもストックフォルムでは破れ、金栗は膝を痛めてしまい、辛作は考えます。どうしたら足袋を丈夫に出来るのか?まずは足袋に革靴の底を縫い付けてみます。これは明らかに重過ぎてダメ。幾晩も考えた末、辛作は、あることに気がつきます。

足袋を丈夫にするだけ良いのか?金栗さんの膝が痛くなったのは何故だろうか?舗装路を走ったからではないのか……?

アスファルトだ!

当時の日本で舗装路は日本橋通りくらいなもので、金栗自身も気付いていませんでしたが、舗装路と土とでは膝に伝わる振動が大きく違います。
アスファルトの道を走っても膝に伝わる振動を軽減するにはどうしたらよいか?底にヘチマ、海綿を敷いてみたりと、試行錯誤を繰り返します。

耐熱練習

播磨屋と二人三脚の足袋開発の日々を続けながら、金栗は走る権化となっています。

ストックフォルムでは日射病になり倒れた金栗は「耐熱練習」と称して、大正二年(1913年)夏の二ヶ月間、千葉館山の海岸で徒歩部の仲間と合宿に入ります。

館山の海岸線
館山の海岸線。

ヨーロッパのバカンスシーズンに合わせて行われるオリンピック。ベルリン・オリンピックも七月に行われると想定したトレーニングです。帽子を被らずに炎天下の海辺を走るなどと、今思えば危険なことをしていたりします。

その甲斐あってか、同年十一月、第一回日本陸上選手権大会で、非公認ながら二時間三十一分二十八秒の世界記録で優勝。

金栗四三、徒歩部の後輩・野口源三郎、若き嘉納治五郎校長。
日焼けした金栗四三、徒歩部の後輩・野口源三郎、若き嘉納治五郎校長。
古写真:東京高等師範学校
古写真:東京高等師範学校。

大正三年(1914年)三月、東京高等師範学校を卒業。
官制の学校であり、卒業後は教師となって奉職しなくてはいけないところですが、嘉納治五郎は、ベルリン・オリンピックを目指す金栗のため、東京高等師範学校の研究科に籍をおき、練習を続行させます。

妻・スヤ。
妻・スヤ。

この年の春、故郷熊本の資産家・池辺家の養子に入り、将来の生活の不安もなくなり練習に集中できる環境が整います。
故郷ではお見合いもし、医師の一人娘、春野スヤと翌日結婚式をあげます(さすがはいだてん、私生活でも足が早い)。金栗の夢に理解を示す嫁。別居して一人東京で練習に打ち込みます。

第二回日本陸上選手権大会。金栗のゴール。
第二回日本陸上選手権大会。金栗のゴール。

同年十一月には、第二回日本陸上選手権大会で、これも非公認ながら驚異的な二時間十九分三十秒の世界記録更新。翌年の第三回大会も優勝、三連覇を達成します。

養子に入り、名は「池辺四三」となっていますが、練習していると道端から「金栗!金栗ガンバレ!」との多くの声援。金栗は金栗で通します。

多くの人々に支えられて、走る度に話題になる金栗は日本一有名な陸上選手となり「今度こそオリンピックで勝ってくれる」と、世間の期待は高まっていきます。

そんな中、マラソン用足袋の開発は続いています。

ゴム底の足袋

辛作は衝撃を和らげるため、弾力性のあるゴムに着目します。最初は自転車のゴムチューブを足型に切りとり縫い付け、金栗が試走します。

風呂場のタイル上や井戸周りのコンクリート上でぐるぐると走ってみると、濡れたところでは滑りますが、今までで一番良い感触を得ます。

手応えを感じた辛作は軽くて丈夫なゴムを求めて大坂まで探しに行き、良さそうな板ゴムを仕入れてきます。それを縫い付け、滑り止めとして小刀で底にミゾを入れ、金栗に試走をたのみます。

横方向だけのミゾだと耐久性が無い、縦横ミゾ、十文字のミゾだと丈夫だと判明。やわらかいのでキック力も足裏から十分伝わります。

金栗と播磨屋の努力は徐々に実を結び、軽くて耐久性のある足袋の開発は進んでいます。

文京区の商店街
文京区の商店街。
黒坂ビル
播磨屋があった現・黒坂ビル。

暑さ対策の練習も十分、ストックフォルムでは面喰らったスタートダッシュも練習、脂の乗り切った年齢をむかえ、オリンピック挑戦の準備は着実に整いつつあります。ところが……。

ヨーロッパの戦火

大正三年(1914年)六月二十八日、バルカン半島のサラエボで一発の銃声が響きます。

オーストリア皇太子が、オーストリアのバルカン半島支配に反発する青年により暗殺。この事件を発端にオリンピック開催国ドイツは戦争当事国となり、戦火はヨーロッパ全土に拡がり、第一次世界大戦が勃発します。

第一次世界大戦

IOCオリンピック委員会は総会を開き協議。東洋唯一の委員である嘉納治五郎は「戦争とスポーツは別物だ。こんな事で努力してきた若者の夢を奪ってはいけない!」と強く抗議しますが、戦局は悪化の一途をたどります。

ベルリンオリンピック記念切手1916ついに、大正五年(1916年)一月、第六回近代オリンピック・ベルリン大会の中止が決定します。

その知らせを聞いた金栗はしばらくの間、呆然とします。

が、しかし、人並み外れた体力の持ち主・金栗は精神力も人並み外れ、立直りも早い。

ここで終わってしまったら今までの四年間の苦労は無駄になってしまうではないか。また四年後を目指そう……

普通の人間なら凹んで投げだしてしまうところですが、金栗は走り続ける決心をします。
(つづく)

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