本妙寺坂と遠山の金さん

本妙寺坂と
巣鴨にある遠山の金さんのお墓の関係

本妙寺は、もともと文京区本郷丸山にあり、1657年、振袖火事の出火元として有名です。一説には本郷の幕府有力者が真の火元で、隣接する本妙寺が身代わりになった、とも言われております。
そりゃそうです、火元になって取り潰しにもならず、現在まで残っているのだから。

明治44年、巣鴨に寺、墓所とも移転。文京区本郷には本妙寺坂と坂名だけに名残りが残ることになったのです。
お寺がないので何の変哲もない坂ですが、本妙寺坂は菊坂エリアの一部です。見所は菊坂エリアをご参照ください。

しかしながら、移転先の本妙寺が気になって、走って行ってみました。

移転先、巣鴨の本妙寺

本妙寺が、なんで巣鴨に移転?と疑問に思ったんですが、走っててわかりました。この辺り一帯は都営の染井霊園。静かで立派な一大墓所パークが広がっています。染井は桜のソメイヨシノでも有名です。

染井霊園
染井霊園
遠山の金さんのお墓
遠山の金さんのお墓

さて、遠山の金さんのお墓も移転してきました。金さんのお墓の脇には「天保十三年 遠山氏先栄の碑 遠山景元建」と描かれた碑があり、金さんの揮毫と思われます。「この碑が見えねえかっ!」と一括された気がしました。

天保十三年 遠山氏先栄の碑 遠山景元建
天保十三年 遠山氏先栄の碑 遠山景元建

そのほか、鷺坂上にあった大名家、久世大和守代々の大規模な墓など、墓所も移転って相当な大工事だったのでしょう。

久世大和守代々の墓
大規模な久世大和守代々の墓の数々

千石路傍の几号

文京区白山3丁目37(旧大原町)路傍の几号水準点

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これは、水平刻印なので、正確には几号水準点ではなく、
三角測点「巣鴨」の付属予備点です。
資料には三角測点「巣鴨」の位置は「小石川区巣鴨駕籠町道路」と書かれています。

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より千石の几号の位置
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より千石の几号の位置。

几号水準点って何?を参照

伊勢五米店

伊勢五米店
伊勢五米店

几号も古い測量遺産ですが、几号の近くにある「伊勢五米店」のほうに興味が。

このお米屋さん、300年以上前から続いているけど、古すぎて創業年はいつだかわからないという、国の登録有形文化財です。
初代の伊勢屋五郎右衛門からとって「伊勢五」という屋号、主屋は明治初期の建設、蔵は土蔵づくりの二階建てで大正十二年頃の建築です。

撤去等で年々、数が少なくなっています。撤去されていたら、ご報告ください。

坂の町・東京の歴史散策。古地図、古写真でタイムスリップ!走って探すお江戸の物語。