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港区の几号水準点(駐日ロシア連邦大使館前、赤坂氷川神社、西久保八幡神社、芝東照宮、南青山7丁目路傍)


愛宕山でお宝測量遺産を見たら、飯倉交差点方面へ。
西久保八幡神社と狸穴坂上の駐日ロシア連邦大使館前に几号水準点を見ることができます。

几号水準点って何?を参照

愛宕山のビックリ測量遺産を参照

狸穴坂上、駐日ロシア連邦大使館前

狸穴坂外苑東通りから狸穴坂へ下るところの駐日ロシア連邦大使館前。
警察官詰所の脇にこんもりとしたセメントの塊があります。
なぜ、これが撤去されないのか不思議です。

ロシア大使館前の几号水準点

ロシア大使館前の几号水準点

これは正確には

三角補助点53号の附属予備点(几号水平面刻印)

と呼ばれるものです。

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より付属補助点の位置。

西久保八幡神社の鳥居

西久保八幡神社
西久保八幡神社

西久保八幡神社の階段は愛宕山「出世の石段」に比べたら楽ラクです(^^*)。江戸名所図絵にも描かれてる、ひっそりとして落ち着く神社です。

江戸名所図会より西久保八幡宮
江戸名所図会より西久保八幡宮。

西久保八幡神社鳥居

石段を登り、本殿に向かって左側の鳥居柱。灯篭が前に立っていて見つけづらいのですが、確かに几号が刻まれています。

西久保八幡神社鳥居
境内から見る

西久保八幡神社の几号水準点

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より西久保八幡神社
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より西久保八幡神社(クリックで拡大)。

古地図赤矢印にも「不」の字が描かれています。
今と同じ位置です。

芝東照宮の鳥居

日比谷通り方面、芝増上寺の大きな敷地の中に芝東照宮があります。

芝東照宮
芝東照宮

芝東照宮の鳥居にもあります。本殿に向かって右側です。

芝東照宮鳥居
芝東照宮鳥居

芝東照宮の几号水準点

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より芝東照宮。
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より芝東照宮(クリックで拡大)。

芝東照宮の几号水準点は内務省の地理局雑報にも記載がないものです。

赤坂氷川神社の鳥居

一の鳥居ではなく、本殿に近い二の鳥居、向かって左の台座にあります。

公的資料:地理局雑報にある記載
麻布一本松氷川社石華表 28.3348m
赤坂氷川神社一の鳥居
赤坂氷川神社一の鳥居
赤坂氷川神社二の鳥居
赤坂氷川神社二の鳥居

赤坂氷川神社の几号水準点

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より赤坂氷川神社
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より赤坂氷川神社(クリックで拡大)。

古地図赤矢印にも「不」の字があります。参道が東に折れています。

江戸名所図会より赤坂氷川神社
江戸名所図会より赤坂氷川神社(クリックで拡大)。

やはり、参道が今のように一直線ではなかったようです。

南青山7丁目路傍

スロベニア大使館の先、落ち着いた住宅地の個人宅にある几号水準点です。大使館前を真っ直ぐ行った別れ道の南側です。

スロベニア大使館の通り

南青山7丁目の几号水準点

南青山7丁目の几号水準点

以前は赤いポストが目印でしたが、現在(2017年7月)、工事のため、ポストが取り除かれています。

南青山7丁目路傍の几号水準点
南青山7丁目路傍の几号水準点。半分、埋まっています。

港区南部の几号水準点

港区・渋谷区の几号水準点
拡大すると几号水準点の正確な位置がわかります。


港区南部の几号水準点(御穂鹿島神社、高輪大木戸、覚林寺、西光寺)


御穂鹿島神社(みほかしまじんじゃ)

江戸城の無血開城が実現した「江戸開城、西郷南洲・勝海舟会見の地」の碑の脇道に入ってすぐのところに芝鹿島神社があります。

「江戸開城、西郷南洲・勝海舟会見の地」の碑
「江戸開城、西郷南洲・勝海舟会見の地」の碑

江戸名所図会に描かれている通りここのあたりは当時、海の目の前でした。そして、図絵には西郷・勝が会見した屋敷の石垣もちょこっと見えます。

江戸名所図会より御穂鹿島神社
江戸名所図会より御穂鹿島神社。狛犬と西郷・勝会見の地である薩摩藩屋敷の石垣
御穂鹿島神社
御穂鹿島神社

御穂鹿島神社狛犬

御穂鹿島神社狛犬台座の几号水準点

本殿向かって右側の狛犬台座に几号水準点が刻まれています。

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より本芝四丁目鹿島社
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より本芝四丁目鹿島社。目の前が海です(クリックで拡大)。
公的資料:地理局雑報にある記載
本芝四丁目鹿島社狗石臺石  3.9243m

几号水準点って何?を参照

高輪大木戸

赤穂浪士の墓所、泉岳寺近く、国道15号線(第一京浜)のすぐ脇に高輪大木戸があります。

歩道から見た高輪大木戸
歩道から見た高輪大木戸
南側からみた高輪大木戸
南側からみた高輪大木戸
江戸名所図会より高輪大木戸と高札場
江戸名所図会より高輪大木戸と高札場

宝永七年(1710年)、江戸への入口として建てられこの石垣の上に高札場がありました(江戸名所図会参照)。

高輪大木戸車道側
高輪大木戸車道側
かなりきれいに残っている几号水準点
かなりきれいに残っている几号水準点

几号水準点は国道側にあります。危険ですので気おつけて。

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より高輪大木戸
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より高輪大木戸。「不」の字と13.8尺の表記(クリックで拡大)。
公的資料:地理局雑報にある記載
高輪元大木戸石垣  4.1871m

白金の覚林寺

覚林寺山門
覚林寺山門
覚林寺清正公堂
覚林寺清正公堂

境内ではなく門前。なんともすごいところにあります。

覚林寺門前
覚林寺門前

桜田通りに面する陸の孤島のような場所に「清正公大神儀」の石碑があります(隣は電話ボックスという孤島ぶり)。

「清正公大神儀」の石碑
「清正公大神儀」の石碑
「清正公大神儀」石碑の几号水準点
「清正公大神儀」石碑の几号水準点

電話ボックス側の台座にあります。

公的資料:地理局雑報にある記載
白金村二十番地覺林寺 12.7753m
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より覚林寺
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より覚林寺近くに「不」の字があります(クリックで拡大)。

白金の西光寺

三光坂
三光坂
西光寺境内
西光寺境内

三光坂下のお寺「西光寺」に「南無阿弥陀佛」の石碑があります。「渡陸尺」と描かれた台座の左側にあります。

「南無阿弥陀佛」の石碑
「南無阿弥陀佛」の石碑

渡陸尺の台座の几号水準点

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より白金西行寺
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より白金西行寺。「不」の字と47尺の表記(クリックで拡大)。