「落語」カテゴリーアーカイブ

江戸人情噺「火事息子」の舞台を行く

火事と喧嘩は江戸の華なんてえことを申します。
神田三河町に伊勢屋という大きな質屋があります。伊勢屋の若旦那は物心ついた頃から大の火事好き。オモチャと言っても纏(まとい)やハシゴなど。
火事だというと店の仕事はそっちのけで飛び出して行く始末。
親も心配でたまりませんが、ある日、体に鮮やかな彫り物をして、それを見た親から、とうとう勘当されてしまいます。

嘉永三年(1850年)日本橋北内神田両国浜町絵図より神田三河町
嘉永三年(1850年)日本橋北内神田両国浜町絵図より神田三河町(クリックで拡大)。
神田三河町(内神田一丁目付近)
鎌倉橋近くの内神田。左側が旧神田三河町。

出火

何年かたった冬の寒い夜。神田三河町付近から出火。ガーンガーンと半鐘の音が響きわたり、火の粉が降りだしてまいります。

四谷消防博物館より
四谷消防博物館より

火事が迫り来るというのに、大切な蔵に目塗り(窓や扉の隙間に泥を詰める)がしていないと、質屋としての面目が建たねえと、大旦那はぼやきながらも防火に懸命です。左官屋はどこも出払っていて、番頭を屋根に上らせ、目塗りをさせますが、素人なもんで、てんやわんやの大騒ぎ。

その時、火の粉の降る中、どこからともなく屋根から屋根へと、颯爽と飛んできた一人の火消し人足があります。

浮世絵火消し身体中に見事な彫り物、ざんばら髪の後ろ鉢巻に法被(はっぴ)という粋な出で立ち。
高いところで手が使えずに、慌てふためいている番頭の帯を折釘へ引っ掛けて、両手が使えるようにしてやります。

四谷消防博物館より
四谷消防博物館より

俺がやりゃあ造作もねえが、それじゃあ、おめえさんの忠義になるめえ
どこのどなたか存じ上げませんが、ありがとうござっ……
おぉ、番頭!俺だよっ」と声を掛けられ、その火消し人足の顔を見上げると、
とっ、徳さんっ!щ(゚Д゚щ)

親子の再会

やがて風向きも変わり、火事は収まります。
心配をした見舞客でごった返す中、父親の名代で近所の若旦那が丁稚を連れだってやってきます。それを見て、質屋の大旦那は大きくため息をつきます。

あれは伜と同い年、親孝行なこったぁ、それに引き換え、うちの馬鹿野郎、今ごろ、どこでどうしていることやら(*´Д`*) 〜з

作業を終えた番頭が帰ってきます。

あのぉ〜、旦那様、助けていただいた火消しの方にお会いになっていただけますか?
ああ、もちろんですとも、仕事とはいえ屋根から屋根へと見事な身のこなし、惚れ惚れしましたねぇ、お礼を言わなければいけませんねぇ
でも、それがあぁ……
ん?、なんだい、そうかいそうかい、うちのお客さんというわけだね、質に入れたものもぜ〜んぶ、お返してやりますともぉ、よしよし
いえ、そのぉ〜
ん?それじゃあ足らないというのかい?金子もいくらか包んでもぉ苦にはなりませんよ、蔵も無事、質屋の面目も建ったんだから、よしよし
いえ、そうじゃなくて、あの火消し、実はぁ〜、若旦那の徳三郎さんなんです

それを聞いた途端、大旦那は血相を変え、

とっ、徳三郎だってぇ!うちの馬鹿息子、危ねえことをしやがってっ、怪我でもしたらぁ……あっいや、勘当したやつがどうなろうと知ったこったぁありませんっ、会いたくありませんねっ
とやせ我慢。番頭は機転を利かせて、
いえ、旦那様、一度勘当したら、他人も同然と云います、他人様なら、お会いになってお礼を言うのが道理かとぉ……
ん、う〜ん、そ、そうか、それもそうですね、今では赤の他人です、よしっ、礼に行きましょう

二人は台所で休んでいる徳三郎のところへ行きます。

着色古写真:彫物
着色古写真:彫り物

えぇ〜、本日は誠にありがとうございます、が、見ての通り、見舞客でごった返しております、今日のところはお引きとりを願いたく存じます」と番頭とともに頭を下げる大旦那。
はい、では失礼して、伊勢屋の旦那、お変わりないようにお見受けし、嬉しく思います」と徳三郎も頭を下げます。
それを聞いてムカっとした大旦那。
お変わりないようでだとぉ、体に立派な絵かいて変わりやがってぇ!……ああぁ、いえ、失礼いたしました、さぞかし、あなたの親御様も泣いていることと存じます

事の始終を聞いたお女将さんが泣きながら現れ、我が子を抱きしめます。

とっ、徳三郎〜、とっ、徳三郎〜
お女将さんもお変わりないようで……
とっ、徳三郎〜、こんなに立派になってぇ、あたしゃねぇ、会いたくて会いたくて、近所で火事が起きないかと、毎日毎日、お仏壇にお願いしてたんだよお〜おぃおぃ
はぁ(ノ゚⊿゚)ノなんだぁ、おめえ、近所迷惑なことをっ、たくっ」と大旦那はしかめっ面。
寒そうだねぇ、徳三郎、ささっ、着物をお着っ
待てぇ、そんなヤクザなやつに着物をやることはねえ!うっう〜ん、その辺に捨てておけば、その方が拾ってくだろうよ
あっ、そうですねぇ、ささ、捨てましょう捨てましょう、箪笥(タンス)ごと捨てましょう、誰かぁ手伝っておくれえ〜
おめえ、箪笥ごとってぇ、馬鹿だねぇ、少しずつ捨てりゃあ、そっ、そちらの方がちょくちょく拾いに来てくれるだろうよ
と目を赤くする大旦那。
黒紋付ああ、そうでしたねぇ、あ〜た、この子は小さい時から色白で黒紋付がお似合いでしたわ、黒紋付に丁稚の定吉もつけて捨てましょう
な、なんだってぇ、そんなことまでするんだいっ?

やっと会えたんですもの、火元に礼にやりましょう

いつの世も親子の情は変わらないものですm(_ _)m。

落語の古地図 トップへ

シェアはご自由にどうぞ。

落語「高田の馬場」の舞台を行く

江戸時代、人の多いところと言えば、両国橋、浅草寺の境内、奥山などと申します。今日も浅草寺の境内には、見世物や大道芸人がずらりと並び、にぎやかな人だかりができております。

江戸名所図会より両国橋の火除け地
江戸名所図会より両国橋の広小路。
古地図:嘉永三年(1850年)日本橋北内神田両国浜町絵図より両国橋の広小路
古地図:嘉永三年(1850年)日本橋北内神田両国浜町絵図より両国橋の広小路。
古地図:嘉永六年(1853年)尾張屋刊今戸箕輪浅草絵図より浅草寺
古地図:嘉永六年(1853年)尾張屋刊今戸箕輪浅草絵図より浅草寺(クリックで拡大)。

浅草寺の奥山。その芸人のなかで、居合い抜きを演じたあと、ガマの油の口上を述べている若者と年の頃二十四、五の美しい姉。

浅草寺奥山門(おくさんもん)。
浅草寺奥山門(おくさんもん)。奥山おまいりまち。

がまの油、その効能はなにかといえば、金創切り傷ほか、虫歯で弱るお方はないか

そこへ人を押し分けて、六十過ぎの侍が現れます。

その膏薬、二十年ほど前の古傷にも効くか」と尋ねる老侍。

ちょっと拝見」と若者が傷を見るなり
これは投げ太刀にて受けた傷ですな
さよう、お目が高い
老侍は身の懺悔(ざんげ)だからと語り始めます。

自分は福島藩の家中だが、二十年前、下役・木村惣右衛門の妻女に横恋慕をし、夫の不在をみはからって手ごめにしようとしたところ、立ち帰った夫に見とがめられ、これを抜き打ちに斬り捨てた

なにやら尋常ではない話に人だかりは聞き入ります。

その後、妻女が乳児を抱え、鬼のような形相で「夫の仇!」とかかってくるのを、やはり返り討ちに斬ったが、女の投げた懐剣が背中に刺さり、それがこの傷だ

ガマの油売りの若者は聞き終わると、キッと老侍をにらみ、

して、貴殿のお名前はっ⁈
岩渕伝内
なに!岩渕伝内!、かくゆう我は、なんじのために討たれし木村惣右衛門が一子、惣之助、これなるは姉のあや、いざ尋常に勝負いたせ〜‼︎
親のカタキぃ〜〜
姉がおんなの金切り声で叫びます。
こうなると人だかりは騒然。岩淵伝内は静かに、

なるほど、二十年前のことなので油断し口外したは、拙者の天命逃れざるところ、いかにも仇と名乗り討たれようが、今は主を持つ身、一度立ち返ってお暇を頂戴しなければならないので、明日正巳の刻(午前十時)までお待ち願いたい
よかろう、出会いの場は?
牛込、高田の馬場
よし、相違はないな
二言はござらん
というわけで、仇討ちは延期になります。

この事件は江戸の町に響きわたり、熊さん、八っつあんもご多分にもれずに、

おいおい、浅草で仇討ちがあったんだってぇ?
日延べだよ
えっ(*’д’*)、曽我兄弟でも十八年、それを二年も上回る二十年なのに日延べってぇ、なんだよっ
しょうがねえだろ、仇敵の爺さんが、今日はお遣いなんで、明日、高田の馬場で、ってぇいうんだよ
んじゃあ、あした行ってみるか
おうっ

という具合に、翌日、大勢の人々が高田の馬場へ押し寄せます。

高田の馬場の茶屋

馬場の茶屋では仇討ち見物を見込んで、よしず張りの掛け茶屋がズラリ。そのどれもぎゅうぎゅう詰めの混み合い。

江戸名所図会より高田の馬場
江戸名所図会より高田の馬場(クリックで拡大)。

みな待っていますが、仇討ちは、いっこうに始まらずに、とうとう一刻(二時間)過ぎて、正午の刻に。

古地図:嘉永七年(1854年)牛込市ヶ谷大久保絵図より高田の馬場の茶屋通り
古地図:嘉永七年(1854年)牛込市ヶ谷大久保絵図より高田の馬場の茶屋町通り(クリックで拡大)。
高田の馬場に残る茶屋町通り。
高田の馬場に残る茶屋町通り。
高田の馬場の決闘で名高い堀部安兵衛顕彰碑は、今、水神社境内にあります。
高田の馬場の決闘で名高い堀部安兵衛顕彰碑は、現在、水稲荷神社境内にあります。

また日延べかとざわつきだしたころ、ある掛け茶屋で、昨日の老侍が悠々と酒を飲んでいるのを見つけた者があります。

もし、お侍さん、のんびりしてちゃあ困りますよ。仇討ちはどうなりました?
ははは、今日はなしだ
はぁ(ノ゚⊿゚)ノ?、それじゃあ相手が済みますまい
心配いたすな、あれは拙者のせがれと娘
えっ!なんだってぇ、そんなうそをついたんですっ?
ああやって人を集め、掛け茶屋から上がりの二割をもらって、楽に暮らしておるのだ
(・_・)………

別名「仇討ち屋」という一席でございますm(_ _)m。

落語の古地図 トップへ

シェアはご自由にどうぞ。