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竹橋の几号水準点

見つけづらかった竹橋の几号

竹橋の几号水準点

ここは一度、訪れたのですが、発見できず、2回目の探索でようやく見つけました。竹橋西詰(バックに毎日新聞本社が見えるところです )の小さな公園の石垣下部にありました。写真でいうとベンチの右後ろの石垣、緑のポールの後ろ、ほぼ埋没しておりました。

夏は草に埋もれて見えないかもです。こんなものを探して発見したときはニヤリとしてしまいます。
几号水準点探索の醍醐味です。

几号水準点って何?を参照

竹橋の几号水準点

竹橋御門 説明板

竹橋御門
竹橋御門は、旧江戸城内曲輪15門の一つで天正18年、徳川家康江戸入国の頃、「竹を編みて渡されしよりの名なり」と、その由来が伝えられているが、他にも諸説あり、竹橋の架設時期と併せ、いずれも定かではない。
御門を通る道は、桜田門外の変により一時閉鎖されるが、明治3年再開通し、今の通称代官町通りへと変遷する。沿道の様子は、時々の社会情勢を色濃く映し、戦後は、都心の交通・文化・観光のアクセスとして発展し、この地を巡る皇居周回ジョギングは、全国的な健康増進気運を高め、親しまれている。
現在のアーチ型竹橋は、大正15年、帝都復興事業で架設され、平成5年3月、周辺景観との調和や補強を目的に改修を受け、白・黒・桜のみかげ石の橋に、装いを新たにした。

明治の地図をみると、

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より竹橋門
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より竹橋門(クリックで拡大)。

竹橋のところに26,7(26.7尺)とあります。

竹橋の几号水準点(B
拡大すると正確な位置がわかります。

撤去等で年々、数が少なくなっています。撤去されていたら、ご報告ください。

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田安門の几号水準点

千代田区田安門の几号水準点

九段坂を登って行き、北の丸公園の入口が田安門です。武道館ライブに行く時、通る門です。美しい田安門ですが、寛永13年(1636年)に建てられたと考えられ江戸城城門の中でも最も古いものの一つで国の重要文化財に指定されています。

享保15年(1730年)八代将軍吉宗公の子宗武は,ここに一家を創立して田安家を興したといいます。

几号水準点は「不」の頭の部分が欠損しています。何か釘でも打ち込んだ跡です。石垣に直接、何か取り付けた跡でしょうか?ちょっと痛々しい (T-T)。

几号水準点って何?を参照

千代田区田安門の几号水準点
欠けている几号水準点
高麗門からみた武道館
高麗門からみた武道館

枡形の高麗門と渡櫓門があり、二つの門をくぐって武道館へ行くことになります。

ここ北の丸公園の田安門は皇居東御苑の大手門、平川門、北桔橋門と違い、常時、出入りできます。

明治の地図でみると、、、

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より田安門。
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より田安門(クリックで拡大)。

84.5(84.5尺)約25.6mとあります。

田安門の几号水準点(C
拡大すると正確な位置がわかり、クリックするとリンクがありますのでそれぞれのページに詳しい情報があります。

撤去等で年々、数が少なくなっています。撤去されていたら、ご報告ください。

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