御穂鹿島神社

港区南部の几号水準点(御穂鹿島神社、高輪大木戸、覚林寺、西光寺)

御穂鹿島神社(みほかしまじんじゃ)

江戸城の無血開城が実現した「江戸開城、西郷南洲・勝海舟会見の地」の碑の脇道に入ってすぐのところに芝鹿島神社があります。

「江戸開城、西郷南洲・勝海舟会見の地」の碑
「江戸開城、西郷南洲・勝海舟会見の地」の碑

江戸名所図会に描かれている通りここのあたりは当時、海の目の前でした。そして、図絵には西郷・勝が会見した屋敷の石垣もちょこっと見えます。

江戸名所図会より御穂鹿島神社
江戸名所図会より御穂鹿島神社。狛犬と西郷・勝会見の地である薩摩藩屋敷の石垣
御穂鹿島神社
御穂鹿島神社

御穂鹿島神社狛犬

御穂鹿島神社狛犬台座の几号水準点

本殿向かって右側の狛犬台座に几号水準点が刻まれています。

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より本芝四丁目鹿島社
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より本芝四丁目鹿島社。目の前が海です(クリックで拡大)。
公的資料:地理局雑報にある記載
本芝四丁目鹿島社狗石臺石  3.9243m

几号水準点って何?を参照

高輪大木戸

赤穂浪士の墓所、泉岳寺近く、国道15号線(第一京浜)のすぐ脇に高輪大木戸があります。

歩道から見た高輪大木戸
歩道から見た高輪大木戸
南側からみた高輪大木戸
南側からみた高輪大木戸
江戸名所図会より高輪大木戸と高札場
江戸名所図会より高輪大木戸と高札場

宝永七年(1710年)、江戸への入口として建てられこの石垣の上に高札場がありました(江戸名所図会参照)。

高輪大木戸車道側
高輪大木戸車道側
かなりきれいに残っている几号水準点
かなりきれいに残っている几号水準点

几号水準点は国道側にあります。危険ですので気おつけて。

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より高輪大木戸
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より高輪大木戸。「不」の字と13.8尺の表記(クリックで拡大)。
公的資料:地理局雑報にある記載
高輪元大木戸石垣  4.1871m

白金の覚林寺

覚林寺山門
覚林寺山門
覚林寺清正公堂
覚林寺清正公堂

境内ではなく門前。なんともすごいところにあります。

覚林寺門前
覚林寺門前

桜田通りに面する陸の孤島のような場所に「清正公大神儀」の石碑があります(隣は電話ボックスという孤島ぶり)。

「清正公大神儀」の石碑
「清正公大神儀」の石碑
「清正公大神儀」石碑の几号水準点
「清正公大神儀」石碑の几号水準点

電話ボックス側の台座にあります。

公的資料:地理局雑報にある記載
白金村二十番地覺林寺 12.7753m
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より覚林寺
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より覚林寺近くに「不」の字があります(クリックで拡大)。

白金の西光寺

三光坂
三光坂
西光寺境内
西光寺境内

三光坂下のお寺「西光寺」に「南無阿弥陀佛」の石碑があります。「渡陸尺」と描かれた台座の左側にあります。

「南無阿弥陀佛」の石碑
「南無阿弥陀佛」の石碑

渡陸尺の台座の几号水準点

古地図:明治20年(1887年)東京実測図より白金西行寺
古地図:明治20年(1887年)東京実測図より白金西行寺。「不」の字と47尺の表記(クリックで拡大)。

撤去等で年々、数が少なくなっています。撤去されていたら、ご報告ください。

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