戸山公園脇の横穴跡

真夏の夜のミステリー「横穴跡と731部隊」

 icon-arrow-circle-left 真夏の夜のミステリー「横穴跡とトイレの花子さん」からの続き 

戸山公園近くの横穴跡

新宿区の戸山公園近くにも、防空壕らしき横穴跡が残っていると。この情報を得たからには走らずにはいられません。

あの若そうに見え、美しいガンダム女史は、なぜ、こんなことを知っているのだろうか?

ひょっとしてガンダム女史は戦前生まれなのか?
いや、そんなことはない、算数は3か4だったと言っていた。甲乙丙丁では無いのだ。

尾張藩下屋敷の看板
戸山公園にある尾張藩下屋敷の看板。

そんなことを思いつつたどり着いた戸山公園。
戸山公園周辺は意外とアップダウンがあるのです。ここは江戸時代、尾張徳川家下屋敷の起伏のある庭園だったところです。

大名庭園だった頃の箱根山は「玉円峰」と呼ばれていました。確かに丸い山です。

箱根山
標高44.6mの箱根山
箱根山の水準点
箱根山山頂の水準点

東京山手線内最高峰とされる箱根山(標高44.6m)は庭園内に、人工的に作られた築山です。
池を掘り、掘り出された土を盛った山です。
一気に走り登ると山頂には私の大好物の水準点もありグーです。

掘った池の窪地はというと、オリジナルではありませんが、陸軍軍楽隊の野外音楽堂跡が残っています。
オリジナルは昭和18年の建設。周囲の森の影響で音響効果はあまりよくなかったと云います。

屋外音楽堂

そうです。ここは大名庭園から陸軍の施設になったところなのです。おやおや、一部だけ古風な建物が、、、

戸山幼稚園

今は日本基督教団戸山教会の戸山幼稚園なのですが、この部分だけ陸軍戸山学校将校集会所の跡が残っているのです。

箱根山周辺
箱根山周辺の陸軍戸山学校、将校集会所と軍楽学校の表記。大正5-10年(1917-21年)陸地測量部2万5千分の1地形図より

しかしながら、
なぜこんなに軍の遺構が残っているのだろうか?
妄想するに、戦後、GHQの占領で、米軍用施設にそのまま利用された名残りのようです。
アメリカ人にとって教会も屋外パーティーも不可欠だったと云うことなのでしょう。

坂道の横穴跡

国立国際医療研究センター脇の坂道に横穴跡はありました。

戸山公園脇の横穴跡

戸山公園脇の坂道
昭和3-11年(1928-36年)1万分の1地形図より

戦前の地図で見ると、この坂道は陸軍第一病院と済生会病院の間を通る道だったようです。なるほどぉ、坂名が無いわけです。
食料備蓄庫だったという説もあり、それも、うなずけるのですが、戦時中は食料不足。防空壕として利用されていた可能性が大です。

戸山公園横穴跡
点々とある戸山公園脇の坂の横穴跡。

ここにも、都市伝説があり、ここを夜通ると穴の中から、閉じ込められた女の人の泣き声が聞こえると云うのです。
怖くて夜は走れませんわぁ。

国立国際医療研究センター(もと陸軍第一病院)建設工事中に、手術跡のある頭蓋骨など、多数の人骨が出たことはみなさま、ご存知でしょう。事件性は無いとされ、いつの間にかウヤムヤにされてしまいましたが、ここはあの731部隊の母体があったところなのです。キャー、ε=ε=ε=┏(〃´Д`)┛

陸軍軍境界石怖くなって走る、走る、走る、
息切れして手を膝につき地面を見ると、陸軍軍境界石。。。。
いまでも歴史は消えていません。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です