新宿区市ヶ谷新見付交差点の几号水準点と一口坂(いもあらい坂)


新宿区市ヶ谷新見付交差点の几号水準点

市ヶ谷新見付交差点は明治になって外堀の一部を埋めて道路を作ったところです。そういえばココには公衆トイレがあったのですが、トイレが移動したので几号水準点も無くなったかなと思いきや、ありました。
都庁のお役人さん、貴重な産業文化遺産を残してくれてありがとうございます!

几号水準点とは

明治の地図でみると、、、

市ヶ谷新見付の几号水準点
左:明治9-17年(1876-84年)5千分の1 右:東京図測量原図より明治41-42年1万分の1測図

明治初期の地図に新見付はまだありませんが、すでに測量点があります。標高19.10メートルの表記があり、この几号水準点を使ったことがわかります。
明治末の地図では新見付が出来ています。測量点は新見付が出来たおかげて交差点のど真ん中になってしまっています。
その後、交通の妨げになるので、または舗装工事、道路拡張のために、いつの日か今の位置に移設されたと思われます。標高18.9メートルとなっていますので、この時点でなんらかの変更を加えれれている可能性があります。標石を地面に埋め込んだのはこの頃かもしれません。

一口坂をなんと読むか?

一口坂靖国通りから新見付交差点へ下ってくる坂「一口坂」。これなんと読みます?
今は一般名「ひとくちざか」で正解ですが、昔は「いもあらいざか」と呼んでいました。
お江戸の昔、このあたりに一口稲荷(いもあらいいなり)があったので一口坂(いもあらいざか)と。
「いも」とは疱瘡のことで疱瘡治癒に霊験あらたかなお稲荷さんだったと云います。
なぜ「一口」を「いもあらい」と読むかはっきりしたことはわかりませんが、京都に一口(いもあらい)という地名があるそうです。難解すぎます(≧∀≦)。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です